吉川晃司さんと奥田民生さんが新ユニット「Ooochie Koochie」を結成し注目を集めています。
実は2人は同い年の広島出身で同級生。
互いを意識していた2人が、40年の時を経てついにタッグを組んだのです。
この記事では、
吉川晃司の高校がエリート!奥田民生とのOoochie Koochieの原点は?
と題して、広島つながりの2人の高校時代のつながりからOoochie Koochieの原点をさぐってみましょう。
吉川晃司の学歴と修道高校

吉川晃司さんは広島の名門修道高校を卒業しています。
学歴を詳しく見ていきましょう。
広島出身の水球少年
吉川晃司さんは1965年8月18日に広島県安芸郡府中町に生まれました。
幼少期から水に親しみ、中学時代に水泳部に入部したことがきっかけで水球を始めました。
実は最初はサッカーをしていました。
ですが、とある夏の日、きらきら輝くプールに魅了され、たまたま高校生の主将に見つかったことで水球の世界に足を踏み入れることになったのです。

エリート名門校の修道中学・高校
吉川晃司さんが通った修道中学・高校は、江戸時代からの藩校の流れをくむ伝統ある名門校です。
修道高校は広島県内でも有数の進学校として知られ、偏差値は70を超えています。
政財界にも多くの人材を輩出してきました。
吉川さんは
「制服の袖の部分に1本の白線があり、それがカッコよかったから」
という理由で受験したといいます。

中学受験で入学したこの学校では、水球部での活動に熱中。
高校2年時には世界ジュニア水球選手権大会の日本代表に選ばれるほどの実力を発揮しました。
また吉川晃司さんは水球に打ち込みながらも、教養を身につけていったと考えられます。
中国歴史小説家の宮城谷昌光さんとの対談で並々ならぬ知識を披露するなど、その教養が活かされています。
吉川晃司さんはまさしく文武両道の高校生活だったようです。
次に、奥田民生さんとのOoochie Koochieの原点について解説していきます。
奥田民生との高校時代!Ooochie Koochieの原点は?

奥田民生さんは吉川晃司さんと同じ広島出身で同級生。
どこで2人は出会ったのでしょうか?
Ooochie Koochieの原点を探ります!
奥田民生の学歴と高校
奥田民生さんは1965年5月12日に広島市東区尾長で生まれました。
吉川晃司さんとは生まれ年が同じで、わずか3ヶ月ほどの年齢差しかありません。
奥田さんは広島市立尾長小学校、広島市立二葉中学校を経て、広島皆実高校を卒業しています。
偏差値は55くらいと言われています。

両者は同じ年に生まれ、共に広島の地で育ったのでした。
高校時代の吉川晃司と奥田民生

このように吉川晃司さんと奥田民生さんは別の高校に通っていました。
ですが、広島で音楽活動をしていたため、お互いの存在を知っていたのです。
若き日の吉川晃司さんは高校時代に「EIGHT CITY’S FISH BAND(八つの街の魚)」、通称「はまちバンド」に参加し、サイドギターとボーカルを担当していました。
一方、奥田民生さんは中学生の頃から自らバンドを結成し、音楽活動に励んでいました。

2人は当時、それぞれの道で広島の音楽シーンを彩っていたのです。
吉川さんは奥田さんがロックバンド「ユニコーン」でデビューした際、
「奥田ってあの奥田じゃねえよな、と同級生みんなでいってたんですよ。あいつ人間かわっとるやんけって」
と驚いたと振り返っています。
つまり、ユニコーン時代の奥田さんは高校時代とはずいぶん変わっていたということですね。
吉川晃司さんは、高校時代の奥田さんについて、
「この男も昔はギタリストで、歌うたってなくて、どっちかというと寡黙でブリティッシュロックやってて。黙ーって、暗ーいところに座ってるやつだった」
と当時の印象を語っています。
同じ地元広島で音楽活動をしていた2人は、直接の交流は少なくても「同級生」として互いを意識していたようです。
ここがOoochie Koochieの原点と言えますね。
吉川晃司と奥田民生がOoochie Koochieを結成!

では2人の音楽活動での活躍ぶりとOoochie Koochie結成について見ていきましょう。
デビューからの40年
吉川晃司さんは1984年2月に「モニカ」でデビュー、奥田民生さんは1987年にロックバンド「ユニコーン」の一員としてデビューしました。
デビュー時期には差がありましたが、同世代の広島出身ミュージシャンとして互いを意識していたことは間違いないでしょう。

吉川さんは独特のパフォーマンスと歌唱力で注目を集め、奥田さんはユニコーンの中心メンバーとして「大迷惑」「働く男」などのヒット曲を世に送り出していきました。
第一弾GOLDの動画
2025年、ついに吉川晃司さんと奥田民生さんが「Ooochie Koochie(オーチーコーチー)」という新ユニットを結成したことが話題となりました。
ユニット名は日本語の「おちこち(あちこち)」に由来し、将来と現在、昔と今などを意味する言葉に重ねています。
コンセプトは「大人(おとな)しゅうない、大人じゃけぇ」。
「じゃけぇ」は広島弁で「だから」といった意味ですね。
つまり、おとなしくはしな大人の音楽を追求するということなのでしょうか。
2月26日に第1弾の楽曲「GOLD」をリリースし、奥田さんが作詞、吉川さんが作曲を担当。
70年代後半のディスコをイメージした楽曲では、
20歳前後で既に東京で活躍していた2人が「もしも広島で過ごしていたなら…」
という設定で歌詞の世界観を描いています。
広島への愛があふれていますね。
2人の故郷・広島への思い
吉川晃司さんは、
「やっぱり広島に、広島の土に生えた自分としては、東京に根は生やしたくないな、という思いはいまだにあって」
と故郷への思いを度々口にしています。
上京して40年以上が経ちますが、広島は常に彼のアイデンティティの一部であり続けています。
奥田民生さんも同様に広島への愛着を持ち続け、それぞれの楽曲やインタビューで故郷について語っています。
約40年の時を経て実現した2人のコラボレーションは、故郷広島への恩返しをかかげながら、
日本中に元気を届けることを目指しています。
Xでも40年来のファンからの熱いメッセージが流れました。
高校時代からの一番の親友は吉川晃司さんの大ファンでよくライブに行っています、そしてもちろん私は民生さん!
お互いにラインで送り合いました!初めて一緒に行けるかも!
こんなことってある?とお互いびっくりしています
Ooochie Koochieのこれからに期待が高まりますね。
